子ほめ 考 其ノ二
前回の子ほめの続きです。
「へぇ、ありがてぇありがてぇ。あのご隠居は話は長いけれど、なかなか言うことはいいいよ。顔はまずいけど言うことは良い。人間何かしら取り柄ってのはあるんだなぁ。おっ、あっちからおあつらえ向きの色黒が来るよ。こんつぁ!こんつぁ!」
「……こんちは」
「しばらくお目に掛かりませんでしたが、どちらへおいでですか?」
「失礼ですけども、貴方様はどちら?」
「え?知らないよ?……お前さんどちら?」
「こっちが聞きたいよ。」
「色が黒いね。」
「大きなお世話だい!」
「あぁ、行っちゃったよ,ああ,丸っきり知らねえヤツはダメなんだなあ,知ってるヤツァ来ねえかなあ。あっ,来た,案ずるより産むが易しってのはこのことだなぁ。伊勢屋の番頭,おーい!番頭さーん」
「いよー,これはこれは町内の色男!」
「あれ。向こうのほうが上手いね。こっちでご馳走しなきゃならねぇかな?……しばらくお見えになりませんでしたが、どちらへおいでですか?」
「夕べ湯屋で会ったよ」
「そうかい。それから,ずっとしばらく」
「変だね,どうも。今朝,納豆屋で会ったよ」
「よく会うねえ,じゃ,いつぞやにしばらくってことがあったね。」
「おお,商売用で上方へな。」
「おっ!おあつらえ向き!道理でたいそう・・・ツラが真っ黒で」
「そんなに黒い?」
「真っ黒。どっちが前だか後ろだかわからないよ。かろうじてその潰れた鼻が教えてくれる」
「おい,やだよ」
「どうでえ,一杯おごるか」
「おごらないよ,そんなこと言われて」
「おごらない?おごらないの。いいよ,こっちは奥の手ってえのがあるんだから。失礼ですが番頭さんおいくつ?」
「どうも,往来の真ん中で歳を聞かれると,めんぼくないね」
「めんぼくないの?ないの?」
「あるよ。こいつだ」
「四つか」
「四つだってよ,ずっと上だ」
「四百!」
「その間だ」
「二百!!」
「四十だよ。」
「四十!そうでしょう。四十にしちゃあたいそうお若く見える。どうみても厄そこそ・・・ありゃ、どうにも具合が悪いね。四十五より上を仕入れて来ちゃったからねぇ。都合が悪いよ。」
「どうして」
「すまねえけど四十五になってくれ」
「なってくれって,勝手になれるかい。大体人っていうのは少し歳を若く言いたいもんだよ。」
「わかってるって。分かってる。それをすべて飲み込んだ上で、言っているんだ。ちょっとだけ、番頭さん、四十五になってくださいよ。」
「そうかい,じゃあまあ四十五だ」
「四十五にしちゃあ,たいそうお若く見えます」
「当たり前じゃねぇか」
「どう見ても厄そこそこだ」
「何を言ってるんだい!」
「……なんだい。怒っていっちゃったよ。大人はどうも人の話を聞かなくて困るな。もういいや、竹のところいって、子ども褒めちゃおう。こんつぁ!」
「なんだよ、乱暴なのが来たよ。こんつぁ。」
「おう、てめぇのとこじゃ、この度はご愁傷様だってな」
「何を言ってやんだい」
「なんでも、子どもが生まれて弱ってんだろ?」
「子どもが生まれて祝ってんだよ。」
「ああ,そうか。弱ってんのは俺の方だ。五十銭取られて。」
「おめえ何しに来たんだ」
「あの,赤ん坊を褒めに来た」
「赤ん坊を褒めに来たんなら,そこで何か言ってねえで,上がれよ,こっち奥に寝てるから,見てくれ」
「お,どうも,ご免よ,俺ね,赤ん坊褒めさせると一人前なんだ,あの,この屏風の中かい。そうかい,ほう,大きいねえ」
「大きいだろ,うん,産婆さんもそう言ってたよ。大きいってんでね,ウチ中で喜んでんだよ,大きく生んだほうがいいんだってよ」
「どうも,大き過ぎたなあ,じいさんに似てるねえ」
「血筋は争えねえもんだな,よくじいさんばあさんに似るって言うじゃねえか」
「そっくりだねえ,この頭のハゲ具合ねえ,皺の寄り具合ねえ,歯の抜け具合。え,いや,あの,このねえ,どうも,よく似てるねえ,そっくりだ」
「そりゃあ爺さんだよ。」
「ああ,そうかい,じいさんかい,あんまりそっくりで変だと思ったよ。赤ん坊にしちゃあひねこけちゃって,第一,赤ん坊が入れ歯はずして寝てるわけはねえな」
「当たり前だよ,その向こうだよ」
「あっ,こんなとこに落っこってやがった」
「落っこってって,寝かしてあんだよ」
「小せえなあ。こりゃ育つかな」
「何を言ってやがんだい」
「ずいぶんと小さいよ。こりゃあ今のうちに絞め殺すのが親の慈悲じゃねぇかな。」
「このやろう、ぶつよ。」
「はあ,でも、小さいけど紅葉のような手だな」
「おっ、いいことを言うね。たまにそういうことをいうから俺はお前さん好きだよ」
「でもロクな大人にならないよ、こいつは。こんな小さな手をして俺から五十銭ふんだくったんだからね。」
「やめろよ。」
「でも…お人形さんみたいだな」
「うまいこと言うねえ,おめえだけだ,人形みたいだって言ったのは」
「お腹を押すとキュキュッて泣くよ」
「おい,よせよ,壊しちゃうよ」
「うん、うん。じゃあ、そろそろ。竹さん、これがあなたのあなたのお子さんですか」
「俺の子だよ」
「本当?違ったって女は言わないんだよ。」
「また始まった……」
「大層ふてぶてしくございます。」
「?」
「おじいさんに似て長兵衛でございます。センターは永山の隣だ。ジャワスマトラは南方だ。私もこのようなお子さんに、首吊りたい、首吊りたい」
「さっぱりわからない」
「俺にもわからないんだがね……でも、おかしいな。しばらくお目に掛かりませんでしたがね,どちらの方へおいでになりましたか?下の方へ?道理でお顔の色が・・・赤いね。一杯飲んだのか」
「赤けえから赤ん坊っていうの」
「ああ,赤けえから赤ん坊,黄色けりゃあさくらんぼ、太けりゃ丸太ん棒だ。」
「何言ってんだ」
「時に竹さん、この子はお幾つですか?」
「まだ生まれて七日目だよ」
「おー,初七日か」
「お七夜ってんだよ」
「へえェお七夜。それはまたお若く見える」
「よせよ,一つで若けりゃいくつに見えるんだい」
「どう見ても産まれる前でございます」
(終了)