写楽斎ジョニー脳内会議録

写楽斎ジョニーの思考の軌跡です。落語・アニメ・映画あたりを粛々と語ってまいります。

子ほめ 考

 

枝雀落語大全(30)

枝雀落語大全(30)

 

 今度は子褒めだ。

前座噺となってはいるが、面白い人がやると面白い。アレンジの懐の深さも大いにある。下げだってまちまち。こんなに実力の出る噺は中々ない。しかも現代人にも良く分かる。アンタッチャブル的なすれ違いコント的要素もある。

 

「こんつぁ、ご隠居。なんでもタダの酒があるってぇから来たんですがね、飲まして欲しいんですがね、タダの酒。」

「なんだい不躾に。タダの酒ってのは。あぁ、八五郎か、お上がりよ。で、何だいタダの酒ってのは」

「へぇっ、隠すねぇ、グズグズいうねぇ、ネタは上がってんだ。いいから飲ませろそのタダの酒ってやつを」

「お前くらい無礼な奴もいないね。何だいタダタダってさっきから。うちにあるのは灘の酒だ。上方に親戚が居てな。毎年蔵出しの時には送ってくれるんだ。」

「へぇ、そうかい。あっしはてっきりタダの酒だと思ったよ。へへ、僅かな違ぇだ、灘とタダ…で、飲ませろよ」

「飲ませないとは言わないが、口の聴き方ってのがあるだろう。人様の家で酒の一杯でもご馳走になろうってんなら世辞の一つでも言ったらどうだい」

「世辞ぃ?そりゃあ無理だ、褒めるところがねぇもの」

「呆れたね。あたしを褒めるのが照れくさいなら家でも褒めたらいいじゃあないか。いつ来てもお部屋の掃除が行き届いております、壁の掛け軸は大層立派でございます、くらいのことを言ってみろ。あたくしもその方に趣味がないわけではない。ついては話し相手に一杯ってな話にもなる。」

「あぁそうか。そういやぁいいんだな。わけないよ。お部屋はいつもキレイキレイ。掛け軸は立派立派のご立派だってなもんだ。…飲ませるか。」

「万事そうだって話だ。そう簡単にその気になるかよ。お前は口の利き方がぞんざいでいけない。ついちゃあ聞くけど、例えば久々に往来で持って友達やなんかと会ったとしよう。なんてぇ挨拶をするんだい?」

「友達?久しぶりだろ?決まってらぁな。『この野郎生きてやがったな』てなことをいうよ」

「あきれたね。相手はなんて言うんだい」

「てめぇより先にくたばるかよ、なんて言ってますがね」

「ますます呆れた。仲間内じゃあいいかもしれないが、こういうことを人様に言ってはいけない。そういうときは、『しばらくお目にかかりませんでしたがどちらへおいでになりましたか。』向こうで持って商売用で上方へとでもおっしゃったら『道理で大層お顔の色がお黒くなりました。でもご安心なさい。あなたなんぞは元がお白いのだ。故郷の水で洗えばすぐに元通りお白くなります。男は色の白いのより、少し黒いほうがにがみが走って良うございます』てなことを言うんだ」

「へぇ、そういえば一杯おごるってか」

「まぁおごるね」

「奢らなかったらご隠居が立て替えるかい?」

「立て替えやしないが、そういう時は奥の手を出すんだ」

「奥の手?懐刀でもってバッサリと?」

「そうじゃあない。歳を聞くんだ。失礼ですがあなたはお幾つでいらっしゃいますか、と。仮に向こうで持って四十五・六なんてことを言えば『四十五にしては大層お若く見えます。どう見ても厄そこそこ』なんて言えばいい。」

「なんでぇその厄ってのは」

「男の大厄は四十五だ」

「女は?」

「三十三だ」

「へぇ、なるほど。三十三は女の大厄、サンで死んだが三島のおせんなんてね。」

「寅次郎がそんなこと言ってたね。」

「へぇ、それで一杯ありつけるってぇのか。」

「悪い気はしないだろうね」

「へ、そんなこと言うのは訳ねぇよ。」

「言ってみなよ、聞いてやるから」

「向こうから人が来たら聞いてみりゃあいいんだよ、ね。こんちは。しばらくお見えにぶら下がりませんでしたと」

「ぶら下がるじゃない、お見えに掛かりませんでした」

「掛かるもぶら下がるも同じじゃねぇか。」

「いいから掛かるでやりなよ。」

「そうすか。しばらくお見えに掛かりませんでした。どちらへずらかってました」

「おいでになりましたか、だ」

「あ、おいでになりましたか。仮に先さんで商売用で上方へっつったら、道理で面ぁ真っ黒け」

「顔の色がお黒くなりました、だ」

「なりましたなりました。で、でもあなたなんざお顔の色がもともと黒いんだから諦めろ」

「元々はお白いんだ」

「あぁそうか、白いんだな。白と黒の差だ。シとクの差。これがホントの誤差だ」

「なにくだらねぇことを」

「で、故郷の水で洗えばすぐに元通りにならぁ、安心しろこのケダモノ」

「それがいけない」

「んで、それでも奢らねぇようなら、奥の手だ。歳を聞くよ。失礼ですがお幾つですか、仮に四十五だったら四十五にしちゃ大層お若い。どうみても百そこそこ」

「厄だよ。」

「そうかい、でも、四十五じゃなかったら弱っちまうね。五十だったらどうするの?」

「五十だったら四十五といえばいい」

「六十だったら?」

「五十五だ」

「七十だったら?」

「六十五だ」

「八十だったら?」

「推してみろ」

「八十のじいさんばあさん押して大丈夫かい?怪我しねぇかな」

「その押すじゃない、推して計れってんだ」

「なるほどね、あ、ついでに聞きてぇんですがね、子どもに対しても小さく言えばいいの?」

「どうしたんだい、藪から棒に」

「いや実はね、あっしの隣の竹のところにね、赤ん坊が産まれちゃってね。長屋の付き合いだとか何とかで、五十銭取られちまったんですよ。悔しいからいつか元をとってやろうと思ってたんですがね。ここで持って奢らせたら愉快だね。」

「そうかい、竹のところのお上さん、お腹が大きいと思ったら赤ちゃんがお産まれになったのかい」

「お産まれになっちゃってね。五十銭ふんだくられなすっちゃった」

「なんだいふんだくられなすっちゃったってのは。そうだな、そういう時は、『このお子さんはあなたのお子さんですか。たいそう福々しゅうございます。おじいさんににて長命の相がございます。栴檀は双葉より芳し、蛇は寸にしてその気を現す。私もこういうお子さんに、あやかりたいあやかりたい』」

「へー、それ一片にいうの」

「だんだんに言えばいい」

「へぇー、うん、このお子さんはあなたのお子さんですか、と。違うと困るね。」

「違やしねぇよ」

「そう?」

「そうだよ。第一、女は黙っているよ」

「そりゃそうだ。んで、大層ふくぶくぶく…ふくぶく、ふくぶくく、ふくぶっぷくぷ」

「何だい舌が回らねぇな、大人なのに変だね」

「あどけなくて愛らしいってぇいうよ」

「馬鹿にされてんだよ」

「せん、せん、洗濯は…二晩じゃぁ乾かない」

「勝手に変な意味を付け加えるんじゃないよ」

「だって全く何にもならないより、いくらか意味があったほうがいいだろ?」

「なに言ってるんだ」

「蛇は寸にして人を呑む」

「蛇は寸にしてその意を現す。私もこんなお子さんにあやかりたいあやかりたい」

「あぁ、その通りその通り、と。出来た」

「出来やしないよ。」

「いいんだ、これだけ覚えれば用はねぇんだ。」

「おいちょっと待ちなよ。飲ませるよ。小言は言うべしなんとやら、だ」

「へっ、ここでもって酔っ払って教わったこと忘れちゃったら台無しなんですから。これからあっしは表で持って色黒捕まえて、四十五捕まえて、竹のところの子どもを褒めて、3便飲むんですからね。へ、また来ますわ、サイナラ。」

 

 

次回へ続く